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# by annpykoto | 2005-05-06 22:57
岡山県から帰ってきました。
疲れた。 お父さん運転ありがとう。 犬たち・・・車内でもらさなくて良かった。(ぁ) 友よ・・・全く岡山らしくない土産物です。 ごめん。 本日15歳になりました。 ・・・・・・なんて幼い15歳。 写真は後日アップする・・・かも。 ************ さあどうしよう なけなしの脳味噌が悲鳴をあげそうだ 頼ってばかりいるんだお前は 最後の最後はこの人がいるっていうけど お前の最後は早すぎるよ もっと苦しめもっと苦しめ 弱い 書いていいから もう諦めたから 見せるな 弱い 感謝されないことには慣れてる 感謝が受け取られないことに慣れない 本当か? 弱虫め
行ってきましたマンマ・ミーア!
最高でした!! 保坂さんが素敵で素敵で・・・! 歌、格好良くて繊細。 台詞、めちゃめちゃ聞きやすくて格好良くて、しかし時々どこか抜けているので笑える。 ダンス、とりあえず格好良い。 ・・・三拍子揃いまくり。 格好良く自立してて、娘を育て上げた母としての貫禄も ユーモアも疲れも出てて、でもまだまだ若い部分もある素敵なお母さんで、 その若い部分ゆえにすごく淋しがっている。 しっかりしてて、多分自尊心も高い(というより高くないとやってけない)だろうから 辛い顔は見せられない。でも親しい人にはすぐそれがバレる。 そんなところがあるから支えてあげたくなっちゃうんです。 ものすごくタイプですそういう人。(は?) 可愛くて格好良過ぎてもう・・・。 気絶もんですよ・・・!!(黙れ) そんなキャラクターだなーと私は解釈したんですが、 そう考え始めると保坂さんの演技はそれにぴったり過ぎて素晴らしかったです。 ていうか正確には保坂さんがそう演じられてるからこんなことが感じられるんですけどね(笑) 「マンマ・ミーア!」「手をすり抜けて」「SOS」等の、 保坂さんのソロナンバー、どれも切なくて強くてちょっぴりか弱くて、大好きです。 んなわけで保坂さんに惚れ惚れしてるうちに終わった「マンマ・ミーア!」でした。 んと・・・そのほか(そのほかって!) ☆舞台装置がシンプルで素敵でした。 内容に自信がなきゃこうは行かないよなあ・・・。 ☆サムは荒川さん、ソフィーは吉沢さんで見たかった・・・! 気が強くてしっかりものでちょっと脆い者同士の親子と、 線が細くてちょっと頼り無く見えるけど(失敬!)優しくて、 気の強いドナがほっと肩の力を抜ける、そういうサムを 見たかったです。 (もちろん今日の方もすばらしかったんですけど☆) ☆幸せの形って人それぞれだけれど、 やっぱり基本は、(もしかしたらですが) どれだけ傷ついてもこの人の前では大丈夫、 という気持ちなのかもしれません。 強いドナはそんな素振りをなかなか、 サムの前で見せないかもしれないけれど、 ずっと抑えてきたものを、ゆっくりと出せていたらいいなあと、 勝手に妄想していました。 ☆若い好奇心で近づいてくるペッパーに対する、 ターニャの大人の色気がかなり素敵でした。 「もっと遊んであげてもいいわ。でもママは知ってるの? 大変なことになるわよ、坊や。」・・・。 ・・・こりゃ昨夜寝てるんじゃないのかい? と一人ごちてたと言う事は、もちろん父や母には内緒です。(爆) 「ギリシャ悲劇だ。オイディプスより酷いぜこりゃ。」 舞台がギリシャということで、ペッパーの友達が オイディプスを持ち出して皮肉ってました。 前後の文脈を忘れたので上手く説明できませんが、要は近親相姦的ってことだったか・・・。 いや、もっと遠まわしだった気もします。・・・まあいずれにせよ、この種のユーモアがけっこう色々あって、嫌な感じがしなくてとても楽しかったです。 ☆ドナ、ターニャ、ロージーのトリオにすっかりはまりました。 素敵な友情でした。ハイ。 【キャスト】 ドナ・シェリダン:保坂知寿 ソフィ・シェリダン:谷内愛 ターニャ : 森以鶴美 ロージー:青山弥生 サム・カーマイケル:渡辺正 ハリー・ブライト:明戸信吾 ビル・オースティン:松浦勇治 スカイ:鈴木涼太 アリ:八田亜哉香 リサ:宮崎しょうこ エディ:丹下博喜 ペッパー:大塚道人 (敬称略) (アンサンブルさんは割愛します) ●無駄にテンションが高くてスイマセン。 お目汚し失礼致しました。
いつも後で気付く
「自分の石を軽くしたら 他人の重い石すら軽く見てしまう」 聡明なあなたの苦しみを 僕は一言で片付けました 本当にそうです そうなのでしょう 今日まで 言われるまで 意識したことがなくて 今更 気付く これがそうなのか、と 意味の無い言葉の羅列を いつも聞かせてばかりいますね ごめんなさい 人の苦しみを苦しむということが 本当に人の子に可能だというなら たくさんの過去の人が これほどまでに苦しむことはなかったでしょう 本当に人の苦しみを苦しむということが 多分一生できないから僕は あなたとは遠いところで足掻いてしまうでしょう ごめんなさい ごめんなさい 子ども ☆厳しいルールを押つければ、 きっと私は、これら全てがまがりなりにも満たされた いけないと愛で示してくれた そんな家庭に生まれたんだろう 弱いのでそれを感じることが出来ないことがある 弱いので 自分が弱いと認めることが出来るという 最低限の強さを保持するので精一杯
●注釈が詳しくて訳が生き生きしてる、ということで借りてみました。
とても面白かったです。 ●翻訳の方が、芝居がお好きのようで、台詞のリズムがいいんです。 ●それから、「健康な猥褻さ」というのか、そういうのがあります。 シェイクスピアの時代の、野外劇場では、いまほど性に対してネガティブなイメージを持っていなかったらしくて、それに忠実に、面白く訳して有るので、 性の表現が人間らしさに繋がるというか、厭らしさを感じさせないというか・・・。 そういうところがすごく好きでした。 ●シェイクスピアの話にはいろいろと下敷きがあって、時代によって何故か色々なバージョンがあるそうです。それも初めて知ったことで、面白かったです。 ●『ぺリクリーズ』の語り手は後世(戯曲内の時代設定からしたら)の詩人、ガワーだったのですが、詩人が語り手っていうのは個人的に好きです。
最近、偏頭痛がひどいです。
昨日なんて九時に寝たのに、今日の下校のころには頭がガンガン。 偏頭痛って薬で治せるらしいですね。(最近知った) 単に疲れてるだけならいいけど。 神経性のもんだったらどうしようか。 筋力が無いから姿勢が悪くて、そのせいで骨盤がゆがんでいるらしい・・・。 そんな諸々のことが頭痛に繋がってそうでちょっと怖いです。 ストレッチしないと駄目ですね。(何回目だろう・・・) 社会のレポート。 テーマ、「日本国憲法」。 ・・・なんちゅう大雑把な。 提出期限は5/10。上限10枚。 今、ネットでそのことについて検索していたら、色々と面白いブログが出てきて、 関係ないところまで読んで時間を食ったお馬鹿なゆめさん。 ・・・提出期限までに完成するだろうか。(おい) まぁ、それはさておき。 ワープロ可ですよ! ワープロ可!(嬉) さすが高校の授業。(関係あるのか?) 私の汚い字を晒さなくて済みます。(真剣) あ、そろそろご飯の準備してきます。
教室の居心地が悪い。
別に私個人としては何も無いのですが。 担任の作った掲示物が破られたり箒が折られたり ガムが落ちてたりその他いろいろ。 私は言われて初めて気付いたんですが・・・。 ・・・そりゃ、勉強やらなんやらやたらにきついんですから そんな事だってあるかもしれないじゃないですか。 いちいち目くじら立てられたって困るんです。 そりゃ、いけないことだとは思いますけど。 その影響で担任の先生が、「雰囲気を盛り上げよう」 とかなんとかやたらに言う様になったし。 なんか必死になってるのは分かるんですけど、 先生がそうやって引っ張ってハイ終わりーってなりそうな予感。 雰囲気雰囲気と全体のことをいう割には、 「誰がやったのか」を気にしてるみたいだし。 (朝早く来たときに担任の独り言を聞いた。) 疑いの気持ちって、担任の云う、「雰囲気」になって 生徒に伝わってしまうと思うんだけれど・・・。 私自身すごく窮屈なんです。 ぎこちなさが伝わってくるから。 まぁ、小学校時代恵まれすぎていたと言えばそれまでですが。 具体的に、「一人が不登校」という形で ゆがみを出されているから焦っているのかなんなのか・・・。 彼女が学校へ来ることを最終目的にしてしまうから いけないんだと思うけど。 そりゃ、私も仲が良かったので、凄く会いたいです。 でも、彼女にとって学校に戻ることが良いか悪いかなんて、 彼女自身にしか分からないわけだし。 本当に、その子が来れるような「いい雰囲気の」クラスを作ろうと思ったら もう少し先生に、余裕が必要ではないかと。 勿論、私たちも、色々と働きかけていったり、 そういうことが必要でしょうけど。
今更感想。
時間がだったので印象深いところだけ。 幌。 淋しい人や悲しい人がわかるらしい。感じるらしい。 なんていい子。 なのに泣けないってなんなんだ。いや、むしろだからこそ泣けないのかな。 こういう複雑な子好きですね。 今のところ他者に対して根幹では徹底的に受身姿勢の幌。 (自分は泣けないけど他者の淋しさを感じ取るってのは、 そういうことカナと勝手に分析。) 笑ってるときやはしゃいでるときでも一種の落ち着きを感じるのも、 なんだかそれで説明できそうです。 (神木くんはほんとに上手いですね。 もっと成長したらどんな役者さんになってくれるんでしょう。たのしみだ。) 奈々は今までそういう子に接したことがなくって、「なんなんだこいつは」という戸惑いと怒りがないまぜになってる感じがします。幌の受身にイライラしてるでしょうし。怒りでしか感情を表現できないみたいな感じですね。今後どうなるか。。。 検索したらけっこう良くまとまってるブログがヒット。 トラックバックさせていただきました。
僕は自分の中にある冷たい林檎を齧ってみる
甘い 僕は自分の中にある暖かい棘に手をかざす 鋭い 僕は無意味で重要な儀式や声や形を記憶する 忘れるともきっと誰も気にしない日が来るものたちを 僕は怠惰で明るい日常の人々の声を切り取る 多分僕が酔ったときのぼやけた思い出の膜を彩るものでしかないものたちを 僕は怠惰で明るい日常の人々の声に囲まれ 僕は無意味で重要な儀式や声や形の中で生きている ときどきは 冷たい林檎と暖かい棘は上手い具合に混ざり合う 僕は雨で快く湿った道路を歩きながらくるりと内側を向いて 中心を凝視しつつ 幸せの中心にも在る
ばらばらに砕けて朽ちてしまえ
早く会ってぬくもりを感じたい 焦りだけが募る 早く見つけて解放しなければ 己の思考を
クソ真面目でものすごく家族思いででもちょっと遊び人で、
寛容で不器用で酒に弱い。 そして、食事の時に飛び跳ねたり、変なところで親ばかだったり、子供の不注意による母の不機嫌で出来上がった微妙な空気を悲しんで、悲しいからこそやたらめったら怒ることしかできない、頼りない父親。 威厳、というものが少しも、ない。 それでも私が彼を、尊敬してしまうのは、 明確な答え、というものを持って生きている気がするから。 「答えは無い」という答。 何か辛い状況があると、人は答えを求めるけれど、 「答えは無い」という答こそが、本当で。 だから「答えは無い」ということに苦しむ人を、父はただ黙って見ている。 黙っているけれど、見放しはしない。 見ているけれど、口はださない。 もしかするとこの尊敬の理由は、的外れかもしれない。 けれど、それでも。 もし父が本当は、そのような答えと寛容と強さの持ち主でないとしても、 私は、父を信じてしまうだろう。 父の中心に横たわる暖かな神話。 私はそれに甘える。 あの「小父さん」の何処に、そのような強靭で大きな力があるのか 知りたい、と思う。 ついていきたい、と思う。 それが今の私から見た父。
今日は部活の友達と、何故か黄昏時の公園でブランコに乗りながら語り合ってました。きっとこれが青春なんでしょう。年をとったら今の苦労など綺麗さっぱり掻き消えて、あの頃は良かった、とか言ってるんでしょうかね。あっ、それは嫌ですね、なんか、今の感覚は忘れたくないです。・・・話がちょっと逸れました。もどします。
自分のことについて伝えるのは、難しい。どうしても猫かぶりをしてしまうし、自分の一番汚いところというか、人に知られたら怖いところは隠してしまう。そうしてしまうことすら人に伝えられたら、上手く伝えられるなら、楽になれるでしょうか。 今日は、おそらくそこのさわりまで、友達に話せたと思います。 幸せは、思わぬところに転がっているのですね。 そして、それでもやっぱり私にとって幸せっていうのは、常に隣に、至近距離に、不安が存在するものであるのでした。(皆そうですかね?) (追加) ・・・その不安が無いのが、「親友」と呼べる人かも知れません。 まァ、だとしたらすごい高望みをしてますね。 いいんですけど。もう居ると自分では思ってるから。また別の種類の不安はわんさかあるにしても。(笑)
すごく気持ちが楽になりました。
ただ、「あなたは大丈夫」って言われるだけじゃ余計辛くなります。そういうときってありますよね。なにが分かるっていうんだ、っていう。 そうは思うんだけど、なかなか、自分を極限までフラフラにして、そうまでして何か訴える、そういう切実なエネルギーを持てないんですよね、私は。 そうなる前に頭から知識を取り入れて、自分を落ち着かせようとする。すると結局溜まりに溜まって、何もする気が起きなくなったりするんです。 最近そんな感じに陥りかけてたんです。でも、「癒し」でも「叱られる感じ(基本的に、怒られる、ではなく、<叱られる>ならいいのではないかとは思うんですが)」でもない、なんていうんだろう・・・「本当に、人の心の中にあるものを、徹底的に見つめる視線を、一緒に辿る」感じのする本に出会えて、すごく自分が落ち着いてゆくのを感じました。 将来したいこと、つまり、「文章を書いていく」「好きなことを研究する」という、夢についても、よく考えさせられました。そして、ぼんやりと感じていた、「創作されたモノ」の可能性、みたいなものが言葉になっていて、とても嬉しくて、とても充実感がある本でした。 文庫版があれば買いたいです。
私は愛って事や、優しさや強さや
そんなものにばかり今 構っていて そして そんなものに答えが無いと知りながら そんなもののせいでくだぐだになる くだくだになったら それを支えるのは 表面的なことでも 何かを「やりとげた」という実感なのかもしれない けれど、今それが無い この感じを伝えても 一笑に付されるだけ 子供の我が侭 子供の生意気 子供の葛藤 子供の幼稚な自意識過剰 そうなんだろう そうなんだろうよ だけど せめて 考えさせてよ 精一杯今は 今だけは 私は今の自分のことを 本に載っているような言葉で ―――いや、それらは実際良い本なのだけれど――― 自らに説明し頭を納得させることが出来る しかし そんなものでは強くなれない。 私は知識しかもてない未熟者だから そんなことだから 自信がもてないのです だから些細なことで傷ついて うろたえて泣いているのです
幸福な家に生まれたと思う
愛とは何なのか その問いを知るずっと前から 今に至るまで 僕は 愛された 僕は幼い頃 母の肌の温かみをおそらく 無条件に貪って だから僕は 言葉に出来ない愛を 信じられるのだろう 少しだけ 幸福な家に生まれたと思う 影はだれにも 上手く伝えられぬ ただ 僕は幸福な家に生まれたので 人は誰しも他人に言えぬ影を背負って生きるということを 知っていた けれど影は執拗で 時に おそろしかった ただ 僕は幸福な家に生まれたので 書物を味方に 影と共存する術を 探ることが出来た 時折 不安に震えるんだ 夜になると 一人になると 怖い 怖い 怖い 怖い それだけを叫んでるんだ そんなときは思い浮かべる 僕の悩みが人々の前で一笑に付される様や 誠実な友がただ真摯に僕の話を聞いてくれる様や たどたどしくとも愛すべき友が僕と共に不安に思ってくれる様や 僕の敬愛しているあの人が ただ僕を 受け容れてくれる様・・・ そんなものを 考え 夢想し 惨めな夢を 覆い隠すんだ 僕は幸せです いつもいつも 皆言うよ 僕だって そう思ってる ただ どう言えばいいというの ただ 淋しいのか悲しいのか泣きたいのか叫びたいのか 分からなくて黙り込む 慰めも共感も何も要らないから ただ大丈夫と 僕の肩を抱いてよ 嗚呼 それじゃ駄目だ 分かってる 分かってるよ 分かりすぎるほどに
世界に生れ落ちることすら
許されなかったかも知れぬこの身体は 自然の叡智・・・何か魔術で 今 此処に在る 悲しくなると私は それを思い出して 自らを慰めたり そのはずが もっと 悲しくなったり 全ては偶然の重なりだから限りなく尊いと 思っていたはずなんだ・・・いや、今も けれど 一度張った蜘蛛の巣は ものすごい勢いで増殖している 偶然の重なりで私は こうやって生まれてきた ならば 偶然の重なりで私は 日々生きてゆく この身体引き連れて 抱きしめてください 嗚呼 どうか この幸せ者の大馬鹿野郎に許しをください 自然に異議を唱えても 時には良いと 言ってください こうやって生まれてきたのが 悲しいのではない 己が揺らぐとき 結局そのせいにしてしまうこと それが 悲しいのでもない ただ 己の起点が動かし難く其処に在り 胸の奥底で当たり前のように静かに 居座っていること それが何故か 今は恐怖
日曜劇場「あいくるしい」、HDDに録っておいたのを見ました。
いいですね! 野島伸司というのは、きょうびの世間の問題を作品にしていくような人らしいですね。(母談) そして最近「暗さ」が強く出てる作品が更に多くなってるとか。(父談) いいですよそれでも!大歓迎!(ぁ) なんかなぁ・・・何がいいんだろうなぁ。 んー、まず、神木君のナレーションが良いです。 淡々としてるけど、感情がちゃんと伝わる。 大体私は、兄弟の絆に弱いんですよ。 (「青の炎」でも、秀一と遥が、もう可愛くて可愛くて困りました。(勝手にしろ)) 明るい兆しへの伏線、新たな問題への伏線などなど第一回に今後のお楽しみが詰まっていて、次回が楽しみな展開です。 色々暗いこと、大変なこと、ありますけど、全体に流れる空気が爽やかな感じがする。ドラマではそういう作品が好きです。 キャストで好きなのは、ダントツで神木隆之介(演技巧いです。あるバラエティー(というか対談番組?)に出てたのも見たのですが、すごくシャイなのに、話すべき時はしっかり、でも楽しそうに話してて、しかもその「たのしそう」が、小さな頃から芸能界にいる子特有?の媚とか演技を含んだ「たのしそう」ではなくって、それがとっても「可愛いかった」のです。あと落ち着いた声をしてますね。声好きっ。泣く演技より、泣きたいけど泣けない演技の方が難しいんでしょうね。)、 あとは、綾瀬はるか(綺麗な子ですね)、竹中直人(世の親父は皆、寒いギャグを言うものなのかい? ベイビー(笑)) です。 (まあここまで、「いいんでないの!?」と感じてしまうのは、私が、主人公の幌とその中の人(神木隆之介)の演技にはまってしまって、すっかりファンになって、 「もう何でもOKよ」状態に入りかけているからかも知れませんが。) ●メモ 幌ー、おじいちゃんいいねぇ。私もきっと「おじいちゃんが一番好き」って言っちゃうと思うよ。
色々なことが遠い
遠くにある 遠い 遠い 自分で掴んでいなきゃ駄目なんだ 自分で抱きしめてなきゃ駄目なんだ 遠いよ 会えない 声が聞こえない 文字ばかり 不安だから もっと偉そうにして下さっていいのです もっと近くに・・・ 遠い 徹底的に遠い 遠い 微妙な位置にある この 己の身体は 何に於いても 説明が必要になってきたらしい 幼い頃は 出来ることと出来ないことがちゃんと分かったのに 今は 説明が必要になってきたらしい 嗚呼・・・ 自分でも分からないのに 説明しなければならない事になった きちんと伝えないと 私の頭は 身体は パンクしてしまうという どうするんだ 甘えだと思われることを怖れ 距離を置かれることを怖れ 優しくされることも 何か違う、と怖れる自分 限界を認められない その一方で ちゃんと分かって 相応の対応をして欲しいのだ 嗚呼 でもそれは 優しくされることではないのだ 多分私は我侭なんだろう 多分私は贅沢なんだろう 嗚呼 ただ伝えるだけなんだから そんなに迷うこともないだろう 別に 伝えたことで怠惰にならぬよう 己が気をつければそれで・・・ でも また優しくされるのか また厳しく叱られるのか また場違いな助言が ふりかかってくるのだろうか 嫌だ 嫌だ
昨日から珍しく風邪を引きました。
昨日38度。今日37度。 自分は平熱が低いほうなので、昨日はちょっと、 ふらふら~って感じでしたが、今日は大分マシになりました。 節々が痛いです。風邪だからって事に加えて、寝過ぎってこともあるみたいです。・・・だってだるいんだもん。←悪循環 風邪を引くと弱いところに来るといいますが、 私はそれが腰です。特に右側。 なんかさっき、スリッパを脱ごうと思ってちょっと足を上げようとしたら、 腰が痛くてすんなりとは持ち上がらなくてちょっとびびりました。 んじゃ寝てきます。 悩む力の有る人に手出しはしないのだ こちらがぐだぐだと考えている間に あちらも当然何か 考えているわけで 安心してはいけないのだろう 人というのは他人に見えないところで 常に何かと戦ってるわけだから それでも安心してしまう ただこの安心感は ずっと自分が「考えて」なきゃ 得られない ありがとう
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